リチャード・ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』(**Anti-Intellectualism in American Life**、1963年)は、アメリカ社会における反知性主義の根強い傾向を批判的に分析した名著です。この本でホーフスタッターは、アメリカの政治、宗教、教育、ビジネスの分野で、知識や専門性を軽視する態度がどのように歴史的に発展してきたかを明らかにしています。以下にその概要を示します。
### 背景と目的
ホーフスタッターがこの本を書いた動機には、1950年代のマッカーシズム(反共主義運動)や教育への不信感がありました。彼は、アメリカ社会の中で知識や知的な探求を軽視する風潮が深刻化していると考え、それを歴史的、社会的、文化的に考察することで、知識や知性がもたらす価値を再確認しようとしました。
### 反知性主義の定義
ホーフスタッターは「反知性主義」を、知識、教育、専門家の意見などを無視、軽視、あるいは敵視する態度と定義しています。これは単なる無知とは異なり、知識を忌避したり、自分の信念や伝統に反する知識を受け入れたがらない心理的な反発に基づくものとされます。
### 内容の概要
この書籍はアメリカの歴史と反知性主義の関係を以下の分野に分けて考察しています。
1. **宗教と反知性主義**
ピューリタニズムに代表されるように、アメリカの宗教はもともと学問や自由な思考と対立する部分がありました。特に福音派(エヴァンジェリカル派)や原理主義(ファンダメンタリズム)では、教義への忠実さを重んじ、世俗的な知識を疑いの目で見てきました。
2. **教育と反知性主義**
教育は本来、知識や論理を追求する場であるはずですが、アメリカではしばしば実用主義的な価値観が重視され、学問そのものへの理解や興味が軽視される傾向があります。特に初等教育では、知識の習得よりも実践的なスキルが重んじられ、「役に立つ知識」に価値が置かれることが多いです。
3. **ビジネスと反知性主義**
アメリカ社会ではビジネスの成功が称賛される一方で、知識人は「現実を知らない理想家」として軽視されることが少なくありません。ビジネス分野における実務重視の姿勢が、「役に立たない」知識や学問に対する反発を生み出しています。
4. **政治と反知性主義**
政治家が「普通の人」としてのイメージを作り出し、エリート的な知識人や専門家を疎外することで、一般市民に共感を呼びかける手法が長年にわたり取られてきました。これが結果として知性の価値を貶める風潮を助長してきたと指摘されています。
### 本書の意義と評価
『アメリカの反知性主義』は、アメリカにおける反知性主義の根源とその影響を明確に浮き彫りにし、アメリカ社会の特徴の一面を捉えた歴史的かつ文化的な分析として高く評価されています。1964年にはピューリッツァー賞も受賞しました。
ホーフスタッターの分析は、現代にも通じる普遍的なテーマを持ち、教育・学問・政治などに関心のある読者に多くの示唆を与えています。また、アメリカ社会の批判的な側面を描き出したこの本は、他国でも反知性主義を理解する上で有益な視点を提供しています。